【凱旋門賞】日本競馬界の悲願に挑戦した馬たちまとめ – 海外競馬
※この記事は2021年9月13日(月)に更新されています。
日本競馬界の悲願である世界最高峰のレース『凱旋門賞』制覇
未だかつて日本馬の凱旋門賞勝利馬は出ていません。
しかも過去凱旋門賞が行われたのは『99回』で、勝ち馬が全て『欧州調教馬』なのです。
調教国 | 優勝回数 |
フランス | 68回 |
イギリス | 15回 |
アイルランド | 8回 |
イタリア | 6回 |
ドイツ | 2回 |
これまで、日本トップクラスの馬たちが挑戦を続けてきました!
さて、今まで日本競馬界の悲願である『凱旋門賞』に挑戦した馬は何頭いるでしょうか?
また、その成績は・・・・?
下記では、凱旋門賞に挑戦した歴代日本馬を紹介したいと思います。
・今まで『凱旋門賞』に挑戦した日本馬は何頭いるの?
・今まで『凱旋門賞』に挑戦した日本馬の成績を知りたい!

これまで『凱旋門賞』に出走したことのある馬は過去に『25頭!(27回)』います!
※2021年8月31日(火)現在
凱旋門賞に挑戦した日本馬たち(25頭)
①『スピードシンボリ』(第48回・1969年)
②『メジロムサシ』(第51回・1972年)
③『シリウスシンボリ』(第65回・1986年)
④『エルコンドルパサー』(第78回・1999年)
⑤『マンハッタンカフェ』(第81回・2002年)
⑥『タップダンスシチー』(第83回・2004年)
⑦『ディープインパクト』(第85回・2006年)
⑧『メイショウサムソン』(第87回・2008年)
⑨『ナカヤマフェスタ』(第89回・2010年、第90回・2011年)
⑩『ヴィクトワールピサ』(第89回・2010年)
⑪『ヒルノダムール』(第90回・2011年)
⑫『オルフェーヴル』(第91回・2012年、第92回・2013年)
⑬『アヴェンティーノ』(第91回・2012年)
⑭『キズナ』(第92回・2013年)
⑮『ハープスター』(第93回・2014年)
⑯『ジャスタウェイ』(第93回・2014年)
⑰『ゴールドシップ』(第93回・2014年)
⑱『マカヒキ』(第95回・2016年)
⑲『サトノダイヤモンド』(第96回・2017年)
⑳『サトノノブレス』(第96回・2017年)
㉑『クリンチャー』(第97回・2018年)
㉒『キセキ』(第98回・2019年)
㉓『ブラストワンピース』(第98回・2019年)
㉔『フィエールマン』(第98回・2019年)
㉕『ディアドラ』(第99回・2020年)
㉖『ディープボンド』(第100回・2021年)⬅New
㉗『クロノジェネシス』(第100回・2021年)⬅New

※『馬名・レース名』クリックで『netkeiba.com』の『競走馬データ・レースデータ』がみられます。
①『スピードシンボリ(牡・野平裕二)』(第48回・1969年)
日本馬の初出走はなんと『50年以上』も前でした!
『凱旋門賞出走のパイオニア!』
当時、海外遠征のノウハウが定まっていない中、長期遠征をしてイギリスの『キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス(※結果5着)』にも日本馬として初めて出走しました。
7歳時に挑戦した『凱旋門賞』(1969年)は24頭立てで行われ結果は『11着以下』に敗れてしまいました。
当時は11着以下の場合、公式記録が残らなかったため、正確な着順記録はありません。
8歳という年齢で『有馬記念(OP)』(1970年)を勝利した名馬でもあります!
②『メジロムサシ(牡・野平祐二)』(第51回・1972年)
『スピードシンボリ』に続く日本馬2頭目!
フランス遠征とアメリカ遠征を経験したステイヤー!
5歳時に『天皇賞・春(OP)』(1971年)、『宝塚記念(OP)』(1971年)を勝ち、
6歳時に凱旋門賞(1972年)に挑戦し、結果は『18着』に敗れました!
その後はアメリカの『ワシントンDCインターナショナル(※結果は7着)』にも挑戦しました。
③『シリウスシンボリ(牡・M.フィリップロン)』(第65回・1986年)
『メジロムサシ』の出走から14年の年を経て『ダービー馬』が挑戦!
4歳時〜6歳時は長期の欧州遠征で数多くのレースに出走しました。
この欧州遠征、当初は『シンボリルドルフ』の帯同馬の予定でしたが、シンボリルドルフが故障により遠征を中止のため、シリウスシンボリ1頭での遠征となりました。
5歳時に挑戦した『凱旋門賞』(1986年)は『14着』に敗れてしまいました!
海外レースは14戦するも0勝に終わっています。
④『エルコンドルパサー(牡・蛯名正義)』(第78回・1999年)
○血統
父:Kingmambo
母:サドラーズギャル
母父:Sadler’s Wells
○通算:11戦8勝
○主な勝ち鞍
・GⅡ『ニュージランドトロフィー4歳ステークス』芝1400m(1998年・的場均)
・GⅠ『NHKマイルカップ』芝1600m(1998年・的場均)
・GⅠ『ジャパンカップ』芝2400m(1998年・蛯名正義)
・GⅠ『サンクール大賞(フランス)』芝2400m(1999年・蛯名正義)
・GⅡ『フォワ賞(フランス)』芝2400m(1999年・蛯名正義)
ワールド・ベスト・レースホース・ランキング(※当時はインターナショナル・クラシフィケーション)によるレーティングで日本調教馬史上最高の『134』の数値を付けられた、凱旋門賞制覇に近づいた馬!
4歳時にGⅠ『ジャパンカップ』(1998年)を勝利後は、5歳の5月から欧州遠征に臨みました。
凱旋門賞を含め、計4戦でGⅠ『サンクール大賞』(1999年)と前哨戦のGⅡ『フォワ賞』(1999年)を勝利しました。
迎えた『凱旋門賞』(1999年)では2番人気に支持されて、結果は歴代日本馬最高着順となる『2着』で、1着の『モンジュー』とは半馬身差の惜敗でした!
当時の『凱旋門賞』での『エルコンドルパサー』について現地メディアと『モンジュー』の調教師、蛯名正義騎手は以下のコメントをしていました。。。
現地メディアは「チャンピオンが2頭いた」と伝え、モンジューを管理したジョン・ハモンドも後に「おそらく硬い馬場だったら敵わなかったと思う。あれだけモンジューにとって好条件が揃ったのに、2頭の勝ち馬がいたも同然の結果だったのだから」と振り返っている。蛯名は「負けは負けだから、結果は悔しい。それでも、力と力の勝負ができたので、その点での悔いはない」と述べている。
引用:Wikipedia
と現地メディアやジョン・ハモンド調教師は『エルコンドルパサー』を称賛しています。
⑤『マンハッタンカフェ(牡・蛯名正義)』(第81回・2002年)
蹄の不安に悩まされながらも、GⅠ3勝馬がオーナーの『吉田照哉氏』の希望で凱旋門賞に挑戦!
4歳時のGⅠ『天皇賞・春』(2002年)を勝利後は、オーナーの『吉田照哉氏』の「強い馬を世界で走らせたい」という希望もあり、フランス遠征をして『凱旋門賞』に挑戦しました。
『凱旋門賞』(2002年)では5番人気と上位人気に支持されましたが、結果は『13着』に敗れてしまいました。
また、レース終了後に屈腱炎を発症していたことがわかり、引退が発表されました。
⑥『タップダンスシチー(牡・佐藤哲三)』(第83回・2004年)
○血統
父:Pleasant Tap
母:All Dance
母父:Northern Dancer
○通算:42戦12勝
○主な勝ち鞍
・GⅢ『朝日チャレンジカップ』芝2000m(2002年・佐藤哲三)
・GⅡ『金鯱賞』芝2000m(2003年、2004年、2005年・佐藤哲三)
・GⅡ『京都大賞典』芝2400m(2003年・佐藤哲三)
・GⅠ『ジャパンカップ』芝2400m(2003年・佐藤哲三)
・GⅠ『宝塚記念』芝2200m(2004年・佐藤哲三)
5歳〜8歳で国内重賞『8勝』をした大器晩成型が7歳で凱旋門賞に挑戦!
7歳時のGⅠ『宝塚記念』(2004年)を勝利し、凱旋門賞の出走が発表されました。
『凱旋門賞』(2004年)が行われる10月3日の1週間前に輸送する予定も、飛行機トラブルもあり、レース2日前の10月1日発の飛行機で輸送されました。
レース結果は輸送トラブルの影響で十分な体制が整わなかったこともあってか、『17着』と敗れてしまいました。
⑦『ディープインパクト(牡・武豊)』(第86回・2006年)
○血統
・父:サンデーサイレンス
・母:ウインドインハーヘア
・母父:Alzao
○通算:14戦12勝
○主な勝ち鞍
・GⅡ『報知杯弥生賞』芝2000m(2005年・武豊)
・GⅠ『皐月賞』芝2000m(2005年・武豊)
・GⅠ『東京優駿』芝2400m(2005年・武豊)
・GⅡ『神戸新聞杯』芝2000m(2005年・武豊)
・GⅠ『菊花賞』芝3000m(2005年・武豊)
・GⅡ『阪神大賞典』芝3000m(2006年・武豊)
・GⅠ『天皇賞・春』芝3200m(2006年・武豊)
・GⅠ『宝塚記念』芝2200m(2006年・武豊)
・GⅠ『ジャパンカップ』芝2400m(2006年・武豊)
・GⅠ『有馬記念』芝2500m(2006年・武豊)
『牡馬クラシック3冠馬』で『日本近代競馬の結晶』が満を持して『凱旋門賞』に挑戦!
4歳時のGⅠ『宝塚記念』(2006年)を前に『凱旋門賞』(2006年)への出走が発表されました!
そのGⅠ『宝塚記念』(2006年)を勝利した後、芝長距離部門で日本調教馬としては史上初の世界ランキング1位になります。
『凱旋門賞』(2006年)では前年の凱旋門賞馬『ハリケーンラン』と前年のブリーダーズカップ・ターフ勝ち馬『シロッコ』、『ディープインパクト』の3頭が上位人気を占め、『ディープインパクト』は単勝1番人気の『1.5倍』でした。
そんな断然人気を集めた『ディープインパクト』でしたが、レース結果は『3着入線』でした。。。
日本競馬史上最強馬でも『凱旋門賞』を勝利することは叶いませんでした。。。
敗因として武豊騎手は。。。
敗因として武は「直線を向いてからハミを取らなかった。ギアが一段上がらなかった」と語っている。
引用:Wikipedia
さらに、帰国後に禁止薬物が検出されたことが判明し、最終的に『ディープインパクト』は『凱旋門賞失格』という結果に終わってしまいます。
禁止薬物問題:ディープインパクト禁止薬物検出事件
なお、『凱旋門賞』(2006年)は史上2番目に少ない『8頭』という少頭数で行われたレースでもありました。
⑧『メイショウサムソン(牡・武豊)』(第87回・2008年)
『牡馬クラシック2冠』、『天皇賞春秋連覇』など重賞6勝馬が『凱旋門賞』に挑戦!
4歳時『凱旋門賞』(2007年)に出走を表明していましたが、馬インフルエンザに感染していることが判明し、出走を断念しています。
5歳時はGⅠ『宝塚記念』(2008年)2着後に、前年に引き続き『凱旋門賞』(2008年)に出走が発表されました。
その『凱旋門賞』(2008年)ではスタート直後に不利を受けるアクシデント、直線でも他馬と接触などもあり、消化不良の『10着』に敗れてしまいました。
⑨『ナカヤマフェスタ(牡)』(第89回・2010年・蛯名正義)(第90回・2011年・蛯名正義)
日本馬としては初の『凱旋門賞』に『2年連続』挑戦!
4歳時にGⅠ『宝塚記念』を勝利後、『凱旋門賞』(2010年)への出走が発表されました。
前哨戦のGⅡ『フォワ賞』(2010年)を2着で迎えた『凱旋門賞』(2010年)は現地では低評価でしたが、レースは最終コーナーで大きな不利を受けるも、直線では先頭に立ちましたが1着馬『ワークフォース』にアタマ差及ばず日本歴代最高着順の『2着』惜敗という結果に。。。
日本馬では『エルコンドルパサー』(1999年)以来11年振り、日本産馬では初の『凱旋門賞』で『2着』という結果になりました!
※『凱旋門賞』(2010年)では日本馬から『ヴィクトワールピサ』も出走しています。
翌年5歳時は前年のGⅠ『ジャパンカップ』(2010年)14着以来、約10ヶ月の休み明けで前哨戦のGⅡ『フォワ賞』(2011年)を4着となり、『凱旋門賞』(2011年)は後方からのレース運びで、伸びきれず『11着』という結果に終わっています。
※『凱旋門賞』(2011年)では日本馬から『ヒルノダムール』も出走しています。
⑩『ヴィクトワールピサ(牡・武豊)』(第89回・2010年)
○血統
父:ネオユニヴァース
母:ホワイトウォーターアフェア
母父:Machiavellian
○通算:15戦8勝
○主な勝ち鞍
・GⅢ『ラジオNIKKEI杯』芝2000m(2009年・武豊)
・GⅡ『報知杯弥生賞』芝2000m(2010年・武豊)
・GⅠ『皐月賞』芝2000m(2010年・岩田康誠)
・GⅠ『有馬記念』芝2500m(2010年・M.デムーロ)
・GⅡ『中山記念』芝1800m(2011年・M.デムーロ)
・GⅠ『ドバイワールドカップ』ダート2000m(2011年・M.デムーロ)
日本馬で初めての『3歳馬』が『凱旋門賞』に挑戦!
3歳時のGⅠ『東京優駿』で3着に敗れた後、『凱旋門賞』出走が発表されました。
前哨戦のGⅡ『ニエル賞』(2010年)は4着となりました。
迎えた『凱旋門賞』(2010年)では後方からの位置取りになり、1着馬『ワークフォース』、2着馬で同じ日本馬の『ナカヤマフェスタ』から約8馬身差以上離された『7着』という結果に終わりました。
⑪『ヒルノダムール(牡・藤田伸二)』(第90回・2011年)
父『マンハッタンカフェ』との親子で『凱旋門賞』に挑戦!
4歳時のGⅠ『天皇賞・春』(2011年)でGⅠ初勝利を飾り、その後前哨戦のGⅡ『フォワ賞』(2011年)で2着となりました。
迎えた『凱旋門賞』(2011年)では当日の猛暑なども影響し、本来のパフォーマンスを発揮できず、『10着』に敗れてしまいました。
⑫『オルフェーヴル(牡)』(第91回・2012年・C.スミヨン)(第92回・2013年・C.スミヨン)
○血統
父:ステイゴールド
母:オリエンタルアート
母父:メジロマックイーン
○通算:21戦12勝
○主な勝ち鞍
・GⅡ『スプリングステークス』芝1800m(2011年・池添謙一)
・GⅠ『皐月賞』芝2000m(2011年・池添謙一)
・GⅠ『東京優駿』芝2400m(2011年・池添謙一)
・GⅡ『神戸新聞杯』芝2400m(2011年・池添謙一)
・GⅠ『菊花賞』芝3000m(2011年・池添謙一)
・GⅠ『有馬記念』芝2500m(2011年、2013年・池添謙一)
・GⅠ『宝塚記念』芝2200m(2012年・池添謙一)
・GⅡ『フォワ賞』芝2400m(2012年、2013年・C.スミヨン)
・GⅡ『産経大阪杯』芝2000m(2013年・池添謙一)
『史上最狂の牡馬クラシック3冠馬』が『凱旋門賞』に2年連続挑戦!
4歳時にGⅠ『宝塚記念』(2012年)を勝利後、『凱旋門賞』への出走が発表されました。
しかし、その鞍上はデビューから乗り続けてきた『池添謙一騎手』ではなく、凱旋門賞で勝利実績のある地元フランスの『C.スミヨン騎手』に決まります。
この乗り替わりに関して池江調教師と池添謙一騎手は。。。
池江は「苦渋の選択だった」と述べた。一方池添はこのときの心境を、「いつもだったら絶対潰れてるくらいの量の酒を飲んでも全然酔えないくらい、本当にショックだった」と語っている。
引用:Wikipedia
池添謙一騎手が『オルフェーヴル』をここまで導き、世界のホースマンの夢でもある『凱旋門賞』に挑戦するチャンスが目の前にあったのですから、相当なショックだったと思います。
オルフェーヴル凱旋門賞敗退:「スミヨンの過信」告白!
帯同馬でペースメーカーの『アヴェンティーノ』と共に出走した前哨戦のGⅡ『フォワ賞』(2012年)では1着となり、海外初勝利をマーク。
迎えた『凱旋門賞』(2012年)は直線半ばであっという間に先頭に立つもゴール寸前で『ソレミア』に差されてクビ差の『2着』に惜敗してしまいました。
日本馬では『エルコンドルパサー』(1999年)、『ナカヤマフェスタ』(2010年)と並ぶ歴代最高着順の『2着』となりました。
※『凱旋門賞』(2012年)では日本馬から『アヴェンティーノ』も出走しています。
翌年5歳時はGⅡ『産経大阪杯』を勝利後、昨年と同じく前哨戦のGⅡ『フォワ賞』(2013年)を快勝し、連覇を達成しました。
迎えた『凱旋門賞』(2013年)は最後の直線で1着馬『トレヴ』に5馬身突き放され、2年連続『2着』という結果に終わってしまいます。
しかし、日本馬の『2年連続凱旋門賞連対』は史上初の快挙でもありました!
レース後、池江調教師は以下のようにコメントしています。。。
レース後に行われたインタビューで、池江は「精一杯やってきましたし、力は出し切った。それで負けたので勝った馬が強かったとしか言いようがない」「(凱旋門賞制覇という扉を)去年は一瞬開けることができてゴール寸前で閉じたという感じだったが、今年は扉に手をかけることすらできなかった」と完敗を認めた。
引用:Wikipedia
※『凱旋門賞』(2013年)では日本馬から『キズナ』も出走しています。
⑬『アヴェンティーノ(牡・A.クラストゥス)』(第91回・2012年)
帯同馬として『オルフェーヴル』のフランス遠征をサポートし、自身も『凱旋門賞』に挑戦!
物見をしない落ち着いた性格だったため、気性の激しい『オルフェーヴル』の帯同馬として選ばれ、国内外で重賞初出走となった前哨戦のGⅡ『フォワ賞』(2012年)は5着でした。
迎えた『凱旋門賞』(2012年)では結果は大差の『17着』と敗れはしましたが、『オルフェーヴル』の帯同馬・ペースメーカーとして立派に役割を務めました!
『凱旋門賞』(2012年):アヴェンティーノがオルフェーヴルの帯同馬に選ばれた理由
⑭『キズナ(牡・武豊)』(第92回・2013年)
3歳『ダービー馬』が父『ディープインパクト』との親子で『凱旋門賞』に挑戦!
GⅠ『東京優駿』(2013年)を勝利後に『凱旋門賞』への出走が発表されました。
日本馬の3歳馬挑戦は『ヴィクトワールピサ』(2010年)以来、2頭目となります。
前哨戦のGⅡ『ニエル賞』(2013年)は1着となり、海外重賞を初制覇しました!
続く『凱旋門賞』(2013年)では後方からレースを進めるも、及ばず結果は『4着』に敗れてしまいました。
4歳時も『凱旋門賞』に出走を予定していましたが、GⅠ『天皇賞・春』(2014年)後に骨折が判明し挑戦を断念しています。
⑮『ハープスター(牝・川田将雅)』(第93回・2014年)
日本馬として初の3歳『牝馬』の『凱旋門賞』挑戦!
GⅠ『優駿牝馬』(2014年)2着後に、GⅡ『札幌記念』(2014年)を前哨戦として『凱旋門賞』出走が発表されました。
前哨戦のGⅡ『札幌記念』(2014年)は1着となり、迎えた『凱旋門賞』(2014年)は見せ場は作るものの日本馬初の牝馬の挑戦は『6着』に敗れてしまいました。
※『凱旋門賞』(2014年)では日本馬から『ジャスタウェイ』『ゴールドシップ』も出走しています。
⑯『ジャスタウェイ(牡・福永祐一)』(第93回・2014年)
○血統
父:ハーツクライ
母:シビル
母父:Wild Again
○通算:22戦6勝
○主な勝ち鞍
・GⅢ『アーリントンカップ』芝1600m(2012年・福永祐一)
・GⅠ『天皇賞・秋』芝2000m(2013年・福永祐一)
・GⅡ『中山記念』芝1800m(2014年・横山典弘)
・GⅠ『ドバイデューティーフリー』芝1800m(2014年・福永祐一)
・GⅠ『安田記念』芝1600m(2014年・柴田善臣)
重賞4連勝(内GⅠ3勝)の勢いそのままにレーティング世界1位の馬が『凱旋門賞』に挑戦!
5歳時のGⅠ『安田記念』(2014年)勝利後、同じ厩舎の『ゴールドシップ』と共に『凱旋門賞』の出走が発表されました。
前哨戦を使わずに迎えた『凱旋門賞』(2014年)は、道中インの後方に位置するも、直線で伸びることができず、『8着』に敗れてしまいました。
⑰『ゴールドシップ(牡・横山典弘)』(第93回・2014年)
『超個性派最強ステイヤー』が『凱旋門賞』に挑戦!
5歳時にGⅠ『宝塚記念』(2014年)勝利後に、GⅡ『札幌記念』(2014年)を前哨戦として、同じ厩舎の『ジャスタウェイ』と共に『凱旋門賞』への出走が発表されました。
前哨戦のGⅡ『札幌記念』(2014年)を2着で終え、迎えた『凱旋門賞』(2014年)では道中行き足がつかず、離された最後方となり、直線大外しぶとく伸びるも『14着』に敗れてしまいました。
同じステイゴールド産駒の『ナカヤマフェスタ』や『オルフェーヴル』がこれまで『凱旋門賞』で『2着』と健闘していた中、期待も大きかったですが、厳しい結果となってしまいました。
⑱『マカヒキ(牡・C.ルメール)』(第95回・2016年)
『キズナ』(2013年)以来の3歳『ダービー馬』が『凱旋門賞』に挑戦!
GⅠ『東京優駿』(2016年)を勝利後、『凱旋門賞』への出走が発表されました。
この年は例年『凱旋門賞』や『ニエル賞』が行われる『ロンシャン競馬場』が改修工事のため『シャンティイ競馬場』での開催となっています。
前哨戦のGⅡ『ニエル賞』(2016年)を勝利し、海外重賞初勝利を飾りました。
迎えた『凱旋門賞』(2016年)はシャンティイ競馬場では不利とされる外枠14番スタートの影響もあってか、直線向いても伸びず『14着』に敗れてしまいました。
⑲『サトノダイヤモンド(牡・C.ルメール)』(第96回・2017年)
世代トップを競った『マカヒキ』(2016年)に続き前年のグランプリホースが挑戦!
4歳時のGⅠ『天皇賞・春』(2017年)3着の後に、『凱旋門賞』への出走が発表されました。
この年も前年に引き続き『凱旋門賞』や『フォワ賞』が行われる『ロンシャン競馬場』が改修工事のため『シャンティイ競馬場』での開催となっています。
前哨戦として出走したGⅡ『フォワ賞』(2017年)では現地では本命視され確勝ムードでしたが、重い馬場が影響してまさかの4着に敗れ、本番へ不安の残る形となってしまいました。
迎えた『凱旋門賞』(2017年)では、道中中団に位置するも、直線では伸びず『15着』に敗れてしまいました。
※『凱旋門賞』(2017年)では日本馬から『サトノノブレス』も出走しています。
⑳『サトノノブレス(牡・川田将雅)』(第96回・2017年)
同じ厩舎の『サトノダイヤモンド』の帯同馬として『凱旋門賞』に挑戦!
7歳時に同じ厩舎の『サトノダイヤモンド』の帯同馬・ペースメーカーとして『凱旋門賞』への出走が発表されました。
前哨戦のGⅡ『フォワ賞』(2017年)では逃げて6着となり、迎えた『凱旋門賞』(2017年)は先団に位置するも直線で伸びきれず『16着』に敗れてしまいました。
㉑『クリンチャー(牡・武豊)』(第97回・2018年)
道悪巧者が『凱旋門賞』に挑戦!
4歳時のGⅠ『天皇賞・春』(2018年)3着の後に、『凱旋門賞』への出走が発表されました。
前哨戦のGⅡ『フォワ賞』(2018年)は最下位の6着に敗れてしまいます。
迎えた『凱旋門賞』(2018年)では、陣営は道悪を望んでいましたが、叶わず良馬場での開催に。。。レースは道中好位につけるも、直線伸びず『17着』に敗れてしまいました。
㉒『キセキ(牡・C.スミヨン)』(第98回・2019年)
逃げても良し・差しても良しの個性派が『凱旋門賞』に挑戦!
5歳時のGⅠ『宝塚記念』(2019年)2着後に『凱旋門賞』出走が発表されました。
前哨戦のGⅡ『フォワ賞』(2019年)では逃げての3着となりました。
迎えた『凱旋門賞』(2019年)では、スタートで後手を踏んで逃げることができず、直線を向いても差を縮められずに『7着』に敗れてしまいました。
『凱旋門賞』(2019年)では日本馬から『ブラストワンピース』『フィエールマン』も出走しています。
㉓『ブラストワンピース(牡・川田将雅)』(第98回・2019年)
昨年のグランプリホースが『凱旋門賞』に挑戦!
4歳時に『凱旋門賞』を目標に出走したGⅡ『札幌記念』(2019年)では1着となり、その後はイギリスのニューマーケットで調整が進められました。
迎えた『凱旋門賞』(2019年)では、作戦通りに前目に位置するも、フォルスストレート辺りですでに手応えが悪く、重い馬場の影響もあり『11着』に敗れてしまいました。
㉔『フィエールマン(牡・C.ルメール)』(第98回・2019年)
史上最短キャリア6戦で『天皇賞・春』(2019年)を制したステイヤーが『凱旋門賞』に挑戦!
4歳時に『凱旋門賞』を目標として出走したGⅡ『札幌記念』(2019年)は1番人気に支持されるも、3着となりました。
迎えた『凱旋門賞』(2019年)では、スタート良く先団の好位に位置するも、フォルスストレートで早々に手応えがなくなり、徐々に後退して最下位の『12着』に敗れてしまいました。
㉕『ディアドラ(牝・J.スペンサー)』(第99回・2020年)
日本馬の牝馬では『ハープスター』(2014年)以来、史上2頭目の『凱旋門賞』挑戦!
5歳春のGⅠ『ドバイターフ』(2019年)以降はイギリスに滞在し、海外レースを連戦してきました。
6歳時に迎えた、海外遠征最大の目標であった『凱旋門賞』(2020年)ではスタートで出遅れてしまい、道中最後方からのレース運びとなり、直線は内を突くも重い馬場が影響して伸びきれず日本馬の牝馬2頭目の挑戦も『8着』に敗れてしまいました。
㉖『ディープボンド(牡・C.デムーロ)』(第100回・2021年)
祖父『ディープインパクト』(2006年)、父『キズナ』(2013年)の日本馬史上初の3代で『凱旋門賞』に挑戦!
4歳時のGⅠ『天皇賞・春』(2021年)2着の後、『凱旋門賞』出走と併せて同じ厩舎の『エントシャイデン』を帯同馬とすることも発表されました。
前哨戦のGⅡ『フォワ賞』(2021年)は、好スタート切り終始先頭で見事逃げ切り勝ちを収め、海外重賞初制覇を果たしました!
GⅡ『フォワ賞』は『エルコンドルパサー』『オルフェーヴル』に続き日本馬『3頭目』の勝利となります!
『凱旋門賞』(2021年)へ、祖父『ディープインパクト』、父『キズナ』でも達成できなかった『日本競馬の悲願達成』に挑みます!
※参考レース GⅡ『阪神大賞典』(2021年)『1着』
※参考レース GⅠ『天皇賞・春』(2021年)『2着』
㉗『クロノジェネシス(牝・O.マーフィー)』(第100回・2021年)
『牝馬初グランプリ3連覇』を果たした『現役最強牝馬』が遂に『凱旋門賞』に挑戦!
5歳時のGⅠ『宝塚記念』勝利後に、『凱旋門賞』出走が発表されました。
前哨戦は出走せず、『凱旋門賞』(2021年)への直行ローテーションで挑みます。
道悪で行われたGⅡ『京都記念』(2020年)や2着馬に6馬身差を付けたGⅠ『宝塚記念』(2020年)の勝利実績、また凱旋門賞馬である父『バゴ』の子ということもあり『現役最強牝馬』に『日本競馬の悲願達成へ』大きな期待がかかります!
※参考レース GⅠ『ドバイシーマクラシック』(2021年)『2着』
※参考レース GⅠ『宝塚記念』(2021年)『1着』
日本馬が『日本競馬の悲願』である『凱旋門賞制覇』に挑戦してから約50年。
幾度となくその高い壁に跳ね返されてきました。
2021年は日本馬から出走する『ディープボンド』『クロノジェネシス』の2頭に夢は託されました。
ここまでご覧いただきありがとうございました。
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